これぞ「日本の」ゴジラ。

ゴジラは「着ぐるみ」ではなく全面的にCGとなり、技術的にはハリウッドに真っ向勝負を挑むことになった本作。それでいてミニチュアワークも効果的に使われ、映像に残る部分だけじゃなく、CGのモデリングなどでも活躍したとのこと。CGを主体として旧来の特撮を活用していくというのは、特撮ファンとしても将来に希望が持てます。もちろん予算の問題も付きまとうのでしょうが、今後も日本の特撮CGを究めて行ってほしいものです。

一方で、映画の内容はギャレス版とは全く毛色の異なる独特のものでした。ゴジラを徹底的に「災害」のメタファとして描き、それに対応する政府や自衛隊を描いています。地震の多い国に住む我々にはいくつもの生々しい記憶がありますから、観客それぞれに胸が苦しく、目をそむけたくなる場面が出てきます。それでも、この映画は「ゴジラと共存していかなくちゃならない」という言葉で締めくくられます。ゴジラと戦うのは、何も政府や自衛隊だけではないんですね。

ハリウッド製の映画の後で作られたにふさわしい、日本にしか作れないゴジラでした。

その手があったか……。

日本ならではということでは、最後の「ヤシオリ作戦」もそうでした。初見の際に思ったのは、「その手があったか……」ということ。
これまで「ゴジラをどう倒すか」ということについては、超化学兵器(「’54」、「vsビオランテ」など)や怪獣同士を闘わせる(「キンゴジ」、「平成シリーズ」な ど)、あるいは動物としての習性を利用する(「’84」、「エメリッヒ版」など)というのはありました。今回も動物(?)としての習性を研究して利用したという背景はありますが、そこに使われているのは日本が世界に誇る電車建機(はたらくくるま)! アメリカが核兵器を振りかざす中で、日本に現れた怪獣を日本ならではの力でもって倒す! これが戦後70年、専守防衛を強制されてきた国の意地です。

ただ、この作戦、絵面のパワーがありすぎて、最初はちょっと笑ってしまいかねません。
映画の中盤、ゴジラが初めて吐いた熱線で東京が壊滅的な被害を受けます。それまで正体不明だったゴジラが、強烈な恐怖の化身として観客の前に現れるのです。あまりの惨状に、観客の気持ちもトーンダウン。しかし物語は深刻さを増していくばかり……。
そんな状況の果てに始まるのが、あの荒唐無稽な「ヤシオリ作戦」なのです。確かに日本の電車はすごい。日本の建機もすごい。でも、それがあんな風に使われて、ゴジラもああなっちゃうんだというのが、すんなり飲み込めない自分がいました。伊福部サウンドが鳴り響く中、燃えていいんだか笑っていいんだかわからない。

まぁそれも初見だけのことです。二回目からは「ヤシオリ作戦」に向けて気持ちを高めていくことができました。それでなくとも、早口のセリフや大量の字幕など、とにかく情報量の多い映画でもありますんで、複数回の鑑賞はオススメです。見えてくるものが全然違ってきますよ。

そういうわけで、「シン・ゴジラ」はハリウッドに真っ向勝負を挑んだ、日本にしか作れないゴジラ映画でした。ハリウッド製の後に作られると分かった時の不安に対しては、満点の回答だったんじゃないかと思います。しかしながら、この続編を作るのは難しいでしょう。同じモノを作っても飽きられるし、生半可なものを作れば今度は「ハリウッド」と「シン・ゴジラ」に比較される。それを考えると、日本のゴジラがまた長い眠りにつく未来も、そう遠くない気がしてきました……。

その他の画像(拡大します)

関連商品


お読みいただき、ありがとうございました。更新の励みになりますので、以下のボタンをポンポンポンッとクリックお願いします!