第37話から第51話とOVA1~3巻

つぶやきのまとめ

古今東西、ヒーローの物語には子供のキャラクターがつきものでした。作り手側からすれば、視聴者層である子供たちに感情移入してもらえるようにと、わざわざ用意した場合が多いんじゃないかと思います。ただ、子供の視聴者の一人だった当時、個人的にはそういったキャラクターが鬱陶しくてたまりませんでした。ヒーローの足手まといになるだけではなく、出しゃばってヒーローを窮地に追い込んだりもする。感情移入するというよりは、ある意味「ヒーローの敵」として見ていたようにすら思います。
その点、「ライジンオー」は画期的でした。ヒーローとしての力は子供たちに与えられる。机にメダルをはめ込めば、学校が基地となり、そこからロボットが出てくる。超人的なヒーローなどいない、子供の日常の先にある非日常。「子供にとって感情移入しやすいヒーローの物語」の回答が、ここにあったんじゃないでしょうか。

しかしアラフォーになってから観てしまうと、子供としての感情移入よりも、大人の視点を余儀なくされるもの。
「ライジンオー」には大きく分けて3つのタイプの「大人」が出てくるように思います。ひとつは、子供を未成熟な存在として扱い、庇護しようとする両親や防衛隊長官のような存在。もうひとつは、子供を尊重し、陰日向に応援する篠田先生・姫木先生・校長先生のような存在。最後に、子供に丸投げする無責任なエルドラン。
ただ不思議なことに、どの「大人」の気持ちも理解できてしまうんです。子供たちのことは応援しつつも、やっぱり無茶はさせたくない。しかし大人にはいろいろとのっぴきならない事情があるので、子供たちの世代のことは子供たち自身で頑張ってなんとかしてほしい……。
さらに言えば、敵である五次元人も勧善懲悪とはならずに、命令を忠実に実行しようと努めた挙句に裏切られます。無私の労働者の悲哀すら感じさせる彼らもまた、感情移入がしやすい存在でした。「ライジンオー」は大人と子供と外敵がバランスのとれた状態で成り立っている、完成度の高い世界観を持っていると言えるんじゃないでしょうか。

私とほぼ同じ世代を生きた地球防衛組のみんなも、今や同じくアラフォー。彼らがあの後どう生きてきたのか、今どうなっているのか見てみたい――。そう強く思ってしまうのも、作品にどっぷりと感情移入できたからなんでしょうね。

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